セブ・コルドバの夜は更けて

「木曜会」のご案内 ・約6年前よりマクタ島に住む日本人を中心に毎週木曜日午後1時から行われております情報交換会です。会場の詳細案内は’17年9月11日の記事を参照下さい。

絶望的なP国の現実

この記事は、私はいつも楽しみにしているAtsukuni Munetomoさんのfacebookの投稿記事で有ります、彼は30年以上P国に住み様々なビジネスに携わり、長年の経験以に基づいたP国に対し造詣が深い記事にいつも尊敬の念を抱いております。


(投稿記事をシエアさせていただきました、原文)
最近FBにフィリピン女性に対する絶望感というか、「何故こうなるの」という投稿が増えている。これは昔と違ってあり得る事だと分析する。勿論日本だって「何故」は有るのだから相対論としか言えないが、相して言える現実は以下の表から言える。

私が来た32年前、第一世代、いくら夜の女性でもピアノが弾けるとかの女性は多く居て、家の没落から仕方なく夜の商売に入ったという人も多かった。まあしかし貧困から当時のエルミタのゴーゴーバーのように体を売って手っ取り早いお金を稼ぐ人もいた。


しかしこの時代の人は殆ど親の愛を受けて育っていた。それが、第二世代は海外の出稼ぎが多くなり、親の顔を見ず育っていく子供が増え、その上人口増加で学校教育が政府が無能で計画(増加)できず、学校が1日2部制になり、それでも1教室に80名を超す生徒を押し込め、教師は疲れ、自習教育や訳の解らない時間つぶしの授業が増え、高校生でも2ケタの掛け算も割り算も出来ない状況となった。その原因としては、国粋主義などと身の程を知らない論理で推し進めたタガログ語教育。しかしタガログ語で読める本も作らず、何が教育ぞ。 本を読める、読解力(地図を含め)ゼロの国民を作り上げた。


これが問題のスタートとなる。今、フィリピン人社会に進行する、異常な状態。男女が子供を作るが、その両親が子供の面倒を見ないという現実が横行している。結局、第一世代が子供の面倒を見るという変形社会が生まれ、こうした状況が第三世代へと移り変わっている。そして人口はまだ増加している。
世代に渡って貧乏で有れば有るほど、この第三世代人は、付き合うにしても雇うにしても難しい。前にも言ったが、イタリア料理店に行って、ここ何料理?うう、インド料理。インドは何処にあるの?イタリアは何処にあるの?さあ・・
お前はローマンカソリックなんだから、イタリアは知ってるだろう?さあ・・・
まあこうなるのだから、ものの善悪、礼節などは無いと言って良い。


可哀想と思い幾ら親切にしても、フィリピン社会で蔓延している近親相関などで、このクソ親父、私の体欲しさか。とうい解釈しか出来ないのが現状である、しかし、それこそ、この可哀想な現実で、そうとしか事を考えられない、見れないフィリピン社会をどう良く変えられるのか? 私には残念ながら、FBにこうした表面には無い現実を訴えて、皆さんにどうにかしてよ。と頼むだけで、私自身には答えは無い。

×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。