セブ・コルドバの夜は更けて

「木曜会」のご案内 ・約6年前よりマクタ島に住む日本人を中心に毎週木曜日午後1時から行われております情報交換会です。会場の詳細案内は’17年9月11日の記事を参照下さい。

フィリピーナの悲しい現実・続編

「フィリピンの女の人なんて、日本人の金持ちの男をつかむのが目的で、日本の飲み屋で働いてるんでしょ。そういう男つかんで楽しようという魂胆が許せない。日本に入れなきゃいいのに。」


日本も終戦直後は、進駐軍の米兵と、日本の戦争未亡人達は働き手を戦争で亡くし残された家族の生活を支える為、娼婦になりその後米兵と再婚し渡米して行った多くの若い日本人女性が居たこと、更に農村部では農地解放に依り自己財産となった田畑を守る為、戦死した息子の妻を帰還兵や残された兄弟と強制的に再婚させられた戦争未亡人が数多く存在していた事をご存知でしたでしょうか?


日本も戦後復興期を脱し高度成長期へと移行しつつある時期から始まったフィリピン人の
興行ビザでダンサーや歌手の日本への受け入れ、当初のフィリピーナは殆どが大学卒で
意識も高く、Pパブのホステスとして働く概念は全く無かったようです。
事実、私がセブで住み始めた後に知り合った複数の40代後半~60代前半で興行ビザで働いていたPオバサンの経験を詳しく聞いてみると確かに近年のジャパユキさんとは全く意識が異なっておりました、彼女達に共通するのはテレサテンの歌が大好きで「愛人」は
絶対に外せないそうです、カラオケで涙を浮かべながら「愛人を歌う姿を見ると彼女達の純粋な日本人に対する心を見た様な気がいたします。(ホロリ)


そんな中で日本人男性と恋愛に陥り、結婚もしくは愛人やシングルマザーになった数多くのフィリピーナはおりましたが、近年の様な悪意を持った嘘つきジャパユキさんは少なく、皆さん純粋な恋愛だったそうです、やがて日本人の夫やスポンサーからの資金
援助を得て、フィリピンの家族に仕送りし豪邸が建ち始めると、その様子を見ていた
近所の人達も「やがては自分の娘も」と思うのはごく自然では有ります。

日本もまさに高度成長期で彼女達の日本人の夫や恋人達にも資金に余裕が有り、近所の人たちがうらやむ様な生活が出来たようです。
近年の日本は低成長経済の超老人大国、そんな余裕は有るわけが有りません、
しかしP人の間ではあの昔の金満日本人の栄光が脳裏に焼き付き、我も我もと日本にジャパユキさんとして出稼ぎには出て来たけれど「アレッ!こんなハズじゃなかった!?」


家族の期待を一身に背負い、既にP国家族は娘の仕送りをあてにして、サリサリストアーで前借しまくり豪華な生活三昧!親父は近所の怠け者連中と毎日昼間から大酒飲んで
糖尿病まっしぐら、母親を始めとす兄弟たちは相撲部屋さながらの肥満体(笑)一方の
ジャパユキさん達は三度の食事をシーフードカップラーメンをすすり、タコ部屋生活でけなげにP国家族へセッセと仕送り、更には家族から近所のジャパユキさんの過去の栄光を呪文のように聴かされていた”金満オヤジ”は何処にもおらず、いるのはケチな年金頼みの”勘違いアイタタエロ爺”ばかり(笑)


P国家族からは、金送れの「モットモット頂戴」攻撃にいたたまれず、遂には体を張った
体当りのスポンサー探し!「P国のお父さん病気で働けない」「お母さん病気で手術にオカニ沢山必要」等々で”両親何回殺してんだヨ~!?”


                                  つづく



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