セブ・コルドバの夜は更けて

「木曜会」のご案内 ・約6年前よりマクタ島に住む日本人を中心に毎週木曜日午後1時から行われております情報交換会です。会場の詳細案内は’17年9月11日の記事を参照下さい。

ミンダナオ島のモスレムの人々

ミンダナオとは国土の南3分の1の部分にあたるのがミンダナオ周辺の群島である
ミンダナオ群島はミンダナオ島とその南西のスールー諸島などから構成されている
主要な産業は農業・林業・漁業であり、特に商品作物のプランテーションが名高い。


ミンダナオ島が西洋人と接触したのは、1521年、フェルディナンド・マゼランが率いていたスペイン艦隊が寄航した時である(マゼランは同年、セブ島近くのマクタン島で戦死している)。その後16世紀半ばから17世紀にかけて相次いでスペイン人航海者や兵士、宣教師が来航し、ミゲル・ロペス・デ・レガスピが1565年にセブ島を征服した直後にはミンダナオ島北部もスペインの植民地支配下に入ったが、ミンダナオ島南部はイスラム教勢力が強くスペインの力が及ばなかった。16世紀から現在のコタバト州周辺に築かれたマギンダナオ王国(Sultanate of Maguindanao)は17世紀、スルタンのクダラット(Qudarat、ムハンマド・ディパトゥアン・クドラトゥッラー・ナシルッディーン Muhammad Dipatuan Qudratullah Nasiruddin)の治世にはミンダナオ島全土と周辺の島々も征服し、スペイン人植民者も手を出せない存在となった。


しかしいずれも他の産業に比べればこの地域の住民の収入は少なく、現金収入の産業が極端に少ないのが特徴であるが、自然には恵まれ土地も豊かです。

その為、多くの人々はOFW(海外出稼ぎ労働者)やフィリピンの都市部へ出稼ぎに出ているのが現状であります。



ミンダナオ島のカトリック教徒の出稼ぎの人々は、現地に溶け込んで真面目に働いている

のですが、問題はモスレムの人々です。


此のセブにも多くのモスレムの人々が暮らしているのですが、現地の友人達の話を聞くと
やはり差別と警戒感を持っており、相容れないものがあるそうです。
具体的には、モスレムの人々との関わりあいを極力避けているそうです、もし何かトラブルが発生すると「後が怖いと」と現地の人々は異語同音に言っておりました。
ある賃貸アパートのオーナーも「モスレムと韓国人には貸したくない」と言っておりました。


この様に国民感情として根付いている為、マラウイ市の戦闘も簡単には終結するはずが
無いと私的には思っていますが泥沼の戦争にならない事を祈るばかりであります。


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